2009年07月23日

古典に学ぼう

資本論を書いたマルクス・・・資本論はまだ読んだことがないけれど、最近マルクスが書いた本を読んでいたりする。

そのマルクスの考え方について、レーニンがまとめた本が「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」。

三つの源泉・・・ドイツ哲学、イギリス経済学、フランス社会主義
三つの構成部分・・・弁証法的唯物論、剰余価値、階級闘争

古典ときくと難しそう、でも読んでみるとなるほどなと思えることばかり。
今日は「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」からいいなと思った文章を紹介。

たとえばこの文

「農奴制が打倒されて、「自由な」資本主義社会がこの世にあらわれたとき、この自由が勤労者の抑圧と搾取との新しい制度を意味することが、すぐさまあきらかになった。」

→自由やと喜んでたら、実は知らないところで搾取されてる。
自由な資本主義社会で喜んでいるのは資本家、苦しんでいるのは労働者ではないか。


少し長いけどこの文

「すべてふるい制度というものは、どんなに野蛮で腐朽しているようにみえても、いろいろの支配階級によって維持されているのだということを、
改良や改善の賛成者たちが理解しないうちは、つねにふるいものの擁護者たちによって愚弄されることになるであろう。

そして、これらの階級の抵抗を粉砕するにはただ一つの手段しかない。
それはふるいものを一掃して、新しいものをつくりだすことのできる力となることができるような―また自己の社会的位置からして、そうならずにはおれない―勢力を、われわれをとりまいている社会そのもののなかにみいだし、この勢力を啓蒙して、闘争のために組織することである。」

→最近、自民党はふるいとか言われてるけど、自民党だけじゃない。民主党だって五十歩百歩。同じようなことしてる。
民主党は国政では野党を主張してるけど、都道府県や市区町村レベルでは与党。つまり、自民党と同じ側。
それに国民が気づかないと、政治は全く変わらない。



毎日の暮らしが辛いと感じているのは政治家じゃない。
一人ひとりの国民、労働者である私たち。

少ない給料で、毎日を必死に生きている青年。
結婚したくても、子どもがほしくても・・・不安だらけで将来に希望を持つことなんてできない。

一生懸命働いて税金を納めている。でも突然病気になることだってある。
そんなときお金がないと充分な医療・介護も受けられない。

年金から保険料を天引きされて、なおかつ介護の利用料や医療費を払わされている高齢者。



みんな一生懸命なのに、なぜ報われないのだろうか。

なぜ、苦しいのだろうか。

これ以上、どうしろというのか。


そう、暮らしを良くするためには、矛盾に気づき、政治を変える必要がある。
そこから一歩が始まる。でもその最初の一歩が踏み出しにくいんだ。
その一歩をみんなで踏み出そう。




古典から現代へ飛躍しましたけどね、飛躍できるほどいい文章ってことですから。


(まとまってなくてすみませんのひよっこナース)
posted by ツッキ− at 22:58| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(1) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月11日

実験室

皆様、こんばんは。風邪をひいたりしていませんか?急に寒くなったんで寒さ対策をキチンとして下さいね。

今日は最初にみなさんに実験をして欲しいと思います。まず、一枚の紙を用意して下さい。机の上に置いて下さい。そして、「なにかを思う」事によってその紙に触れずにその紙を動かして下さい。どんな風に思うのも自由です。何に祈ろうとかまいません。キリストさんでも日本の神でも仏さんでも。しかし、口で吹いたり、扇風機をまわしたり、下敷きで扇いではダメです。勿論、窓が開いていて飛んだと言うのもダメです。

どうですか?思う事で動いたでしょうか?動いたという事はないはずです。動いたとすれば他に原因があります。

この実験で分かるように祈ったり、思うだけで実際にある物が動かされたり、変わったりはしないのです。もし、その行為で動くのなら我々に労働は要らない。

「在る物」は「思う」事に関係なく、「思う」事からは独立にそれ自体として成立っています。思わなくても在るものは在るし。思ったからといって在るものは変わりません。そして、上記のものが本当に在るものなのです。紙一枚でも思ったからといって動きもしないし変える事はできません。思うだけでは社会も変えれませんし、病気も治りません。

いくら祈っても社会は変わりません。自分自身が考え動く事により、社会は変わるのです。もし、社会を変えたいと思っている方は実際に行動に移して下さい。祈ったり、願ったり、思うだけでは変わりません。科学的な視点で行動する民青は社会を変える仲間を募っています。

(風邪ひきプロレタリアアーティスト)
posted by ツッキ− at 17:56| 大阪 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

科学的社会主義を考えるver.1

いまからはじめるこの続きものは「科学的社会主義を学ぶ」不破哲三著(新日本出版社)を引用や自身の感じることを考え、その時々によっては訂正し発展していくものです。一緒に学んで欲しいという観点から全部を引用するわけでわないのであしからず。でわ皆さん。不規則かつぐぅたらなスノーマンと少〜し足を踏みいれてみましょう。
長々となるのを避けるため←もうじゅうぶん長い感じが→目次にある項目ごとの編集で書かさせてもらいます。

今回は“まえがき”編

この中には、何回も講義をしてきましたが、その多くは、一冊の古典をとりあげて、それを学生と一緒に読んでゆくというものでした。このやり方には、一冊の古典を読みとおす機会になるという長所があるが、学説全体を学ぶという面では、その文献の性質・内容に制約されるという弱点も出てくるとしています。

いかに何回も学んだ・講義したとしても“できあがった固定的な体系”で見ないことが科学的社会主義にさわる第一一歩になっていると感じます。科学は日々発展しているのですから社会をとらえる目もそれと共に進んで行くことが重要ですね。

この続きものもそういう風に見れたら(゜_゜)おもしろくなります.
次回一、科学的社会主義とは――――――の1ページ(笑)
〜続く〜
posted by ツッキ− at 08:49| 大阪 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

分断と対立

おはようございます。投稿が約六時間遅れました…最近、学校の先生と話す機会があった。先生は「講師」として単年度契約で学校の先生をしている。正規の先生と違うのは担任を持てないだけ。しかし、正規の先生も担任を持たない場合があるので仕事内容は、ほぼ一緒だ。講師としての場合、先行きも不安だし正規の先生に比べたら給料も安いようだ。そして、正規の先生も大変な現状にある。その講師の先生はよく「●●先生は正規やのに」等と言う。本来、同じ職場で共にお互いの雇用状態を良い方に変えるべき立場なのに分断を持ち込まれている。同じ職場の労働者同士が手を取り合えない現状…変える為には全ての労働者階級の連帯で政治の中身を変える事だと思う。勿論、労働者階級だけで無く全ての抑圧されている人達(自営業者、農民、漁民、学生、等等)の連帯があれば政治の中身を変えれる日は我々の元に近付くであろう。
(プロレタリアアーティスト)
posted by ツッキ− at 06:15| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

フォイエルバッファ論

先日、フォイエルバッファ論を読破しました。先輩の堺泉北カープ会さんと都ンブロードさんと学びました。色々書きたいんですが…久し振りに熱が出てアタマが割れそうです、ボクは平熱が35.4℃なんですが38.0℃近くあるので次回、書きます。本当にすみません。
(最近、ぐーたらから脱却しかけのプロレタリアアーティスト)
posted by ツッキ− at 22:27| 大阪 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月27日

またまた

プロレタリアアーティストです。今日は大阪雇用集会の会議でした。しかし、その話は時間の都合上また今度(苦笑)
今日は、また本の紹介です(苦笑)

今日、ご紹介するのは「マルクス」って本です。海外で発行された本を翻訳したものみたいです。発行は現代書館です。内容はマルクスに付いてを絵を交えながら簡単に紹介したものです。分かりやすく読みやすいです。とりあえずはこの位で…
次回に雇用集会についてやこの本に付いて書きます。(プロレタリアアーティスト)
posted by ツッキ− at 23:00| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

ちょっとダケ 第二話

さぁ、プロ野球は交流戦が始まりましたね。僕の愛する広島は負けましたが・・・

さて、本題に入ります。何度か、話をした事があるので二回目の方スミマセン。

「徒然草」って知ってますか?まぁ、簡単に言えば昔の書物です。
その中の一文に面白いのがあります。(筆者が面白いと思うだけでそう思わない人はゴメンね)「春が暮れて、それから夏になるのでなく、夏がおわって、それから秋になるのではない。春のさなかから夏のけはいがはじまり、夏のうちにすでに秋はかよっている。・・・・・木の葉が落ちるのも、葉がまず落ちて、それから新芽がでてくるのではない。下からもえでてつきあげるのに耐えられず落ちるのである。」(第155段)面白いと思いませんか??これは、現実の生きた姿が生き生きと捉えられていると思いませんか?すなわち、現実は絶え間無い変化・発展の過程にあり滅び行くモノと成長してゆくモノとが常にそこに交錯している。という事です。現実は一枚の板切れのようなものでなく滅び行く古い現実と伸びゆく新しい現実が合わさっているのです。先程の枯れて行く葉と伸び行く新芽のように・・・「現実的」「現実、現実」「現実的に行こう」など言いますが現実を形作っている二種類の現実に対しどういう見方をし、どういう態度をとるかによって、まったく違った幾通りかの現実に対する見方、態度がまったく違った幾通りかの「現実主義」が出てくるって事になりますね。ちなみに、古い現実が大きく、力を持っているとき新しい現実は最初は目に付かないような小さなものです。枝から伸びる小さな小さな新芽の如く・・・

日本の新しい芽はまだ大きな葉の下に隠れてるかもしれませんね。新芽の上に今だ居座る大きな古い葉を押しのけ新たな生き生きとした現実の葉を出しましょう・・・。

新境地開拓の為に間違っている点があるかもしれません、その時は指摘下さい。

(プロレタリアアーティスト)

posted by ツッキ− at 00:10| 大阪 ☀| Comment(12) | TrackBack(2) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月13日

ちょっとダケ

ちょっと弁証法について書きます。
本当に少しだけです(笑)

弁証法を簡単に説明します。
部分的、一時的にはどのように固定、不変、静止、あるいは単なる繰り返しにしか見えない現象があろうとも、また部分的、一時的な後退があろうとも、それらを通じて全体としてはこれまでになかった高度な質に向かっての前進的、発展的、上昇的な運動すなわち発展が貫かれているのだという見地を「弁証法」って言います弁証法の見地は世界の生きた姿を正しく反映したものです。
人生において弁証法的なモノの見方が大事なんではないでしょうか?
次回は続き的なものを書く予定です。

(プロレタリアアーティスト)
posted by ツッキ− at 21:40| 大阪 ☔| Comment(4) | TrackBack(1) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

Graduation from MINSEI!

〜卒業に際して〜

会うは別れの始まりというが、自分と民青にもその時が訪れた。
惜別・・振り返る過去を共有する別れはとても切ない。
しかし、同時にこの惜別こそが自分と組織の発展の成果なのだと知る。
自分の所属した10年間で堺泉北の民青は大きく変わった。
まず、自分の出身である三国班の歩みは自分の同盟暦及び成長とそのまま重なる。
全国で最初に地区委員会を再建した事は日本中の仲間を励ました事だろう。
またロードオブザピースのような大きな取り組みを成功させる事も出来た。
それと相まって若き活動家たちが育ちつつある・・上げればきりがないほどの発展的な前進の10年であった。
つまりもし、自分が民主青年同盟の運動に主体的に積極的に取り組まず、自分の所属する組織を成長させていなければ、そもそもこの「惜別」は無く単なる「別離」だったのだという事を皆に伝えたい。
一人ひとりが闘士たれ。
限界を何度も超えた先に自分の手にした感性は在る、君たちも強い意志を持ってそれに挑戦してみて欲しい。

「要求」「学習」「交流」「つながり」の4つの基本の事はもはや語るまい。
組織活動の理想を追求する構えと、人々の悩みや悲しみ喜びに寄り添う人間性と洞察力が組み合わさり、その根底にある問題を弁証法的唯物論で捉える事が出来る、あるいは目指す活動家が多く育つならば、自分が民青を去ることなど路傍に石を捨てるも同じだ。

実はこの成長を自分の物とする条件をすでに民主青年同盟員である人たちは備ええいる。

なんと言う事だろう、会うは切なき惜別を生み出すのだが、同時に熱き成長も生み出していたのだ。
繰り返される惜別と成長、発展。
やがて掴み取る勝利。
勝利の後の未来への探求。
その長い時間を掛けて続く諸過程の一部を皆と共に出来た事を喜びに思う。

Graduation from MINSEI!!

投稿者:堺泉北カープ会

PS、というわけで今日で僕の投稿は終わりです。全国の堺泉北カープ会ファンの女性の皆さんさようなら。
お別れのコメントは↓までお願いします。

PSその2、堺泉北の後輩達へ、このブログに組織づくりや哲学をはじめ科学的社会主義の話をかなり書き残したつもりですので、問題意識を持っている人は参考にしてくれると嬉しいです。
相談にはいつでものるので、遠慮なく声を掛けて頂戴!
posted by ツッキ− at 22:37| 大阪 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft そのE

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

「空想から科学へ」について長々と書いてきましたが今日で最終回です。未見の方はお先に過去の記事をどうぞ。

最初に紹介した3人の空想的社会主義者、サンシモン、オーエン、フーリエ。
彼らが乗り越えられなかったポイントを思い出して欲しいのですが、それは・・
@資本主義が社会主義に発展する法則および、歴史的な条件を解明出来なかった事。
Aそして、その発展の主役が「誰」なのか?を解明出来なかった事の2点でした。

マルクスは歴史や社会に弁証法的唯物論を適合し、その根底にある経済と階級の対立による歴史発展の法則を見出し、そして現在の資本主義の経済の仕組みの暴露を行い、上記の2点が何なのかを解明しました。
それはすなわち
@生産手段の社会化とその条件としての生産の社会性および労働者階級の増大
Aもちろん労働者階級(プロレタリア)
なのです。

この瞬間から社会主義は空想から科学へと変わったのです。
エンゲルスはこう述べています。
「プロレタリアートは国家権力を掌握し、生産手段を国有に転化する」
ここでいう国有とは社会化すると同意です。
日本でこの科学的社会主義の実現を目指している日本共産党はこのポイントを根本文書である綱領の中でこう書いています。
「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。
生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての構成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす」

誤解の無い様に補足すると、日本共産党は上記の生産手段の社会化を多数者の支持により政権を取り、国民の合意の元でこれらの変革をすすめると同じ綱領の中に書いています。

余談ですが、ですから地球上に真の意味での社会主義国家は未だに一度も登場していません。
ソ連や北朝鮮はもちろんまがい物、中国やベトナムやキューバも果てしない探求の途上という所なのです。
僕達の日本はそこに踏み出す前の段階、でも条件は整っているよ!っていう状態。

長かった連載もいよいよ最後になりました。まとめたいと思います。
資本主義の発達が進み搾取に苦しむ労働者階級が多数者になった事によって、多くが団結し戦いに立ち上がれば社会を革命する事が出来ます。
今の日本ではある一定の実効性を持った議会制民主主義が形成されているので過去のフランス革命のような武力革命では無く、選挙によって社会を変える多数者革命の道はすでに開かれている為、日本共産党はこの多数者革命により社会を変える路線を選択しました。
(↑日本共産党へのいわれの無い誤解はこの事を知らない人が多いからだと思われます)

後は多数者が自分の属する階級としての自覚を持てるのかどうか?
貧困、抑圧、隷属、矛盾の仕組みや源泉を学習し、立ち上がることが出来るのか?
僕の毎日はこの語りかけの連続です、他人へも自分へもそして社会へも・・。

何故ならば「空想から科学へ」は次のような言葉で結ばれているから・・。

「この世界解放の事業を成し遂げる事は、近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的条件、およびそれとともにその本性その物を究明し、そして、行動の使命をおびた、今日のところ抑圧されている階級に、彼ら自身の行動の条件と本性とを自覚させる事は、プロレタリア運動の理論的表現である、科学的社会主義の任務である」

エンゲルス・・知的なだけで無く非常に熱い人だ。

おしまい☆

投稿者:堺泉北カープ会

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2008年02月28日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft そのD

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

エンゲルスの「空想から科学へ」について書いています。未見の方はこの回だけ読んでも意味不明なので@〜Cをお先にどうぞ。

さて時代は進み、資本主義的な生産様式は螺旋状の動きを描きながら社会の大多数の人間をプロレタリアへと転化してゆきます。
生産の無政府性故に資本家による資本家の収奪が際限なく続き資本家階級の中からも没落が相次ぐからです。
(今の高度に発達した資本主義社会の日本を見れば簡単にこの事は理解出来ると思います)

生産手段を握る故に労働者を意のままに縛り付ける資本家。
そしてその生産の無政府性からしばしば現われる恐慌や、世間を覆う貧困。
この解決の為の道徳的な妥協を、漠然とした理解から資本家に求めたのが、先の空想的社会主義者達でしたが、ここまで読めば資本主義にその解決を自然に求める事は不可能である事を悟ります。

資本主義の中では更なる富への欲望の為に、労働者はボロ雑巾の様に虐げられる宿命なのです。

そしてエンゲルスは語ります。
「恐慌が、ブルジョアジーには現代の生産力をこれ以上管理する能力が無い事を暴露したとすれば、大規模な生産施設と交通施設が株式会社やトラストや国有に転化した事は、その目的の為にはブルジョアジーがなくてもよい事を示している」

そして・・・
資本家のすべての仕事は使用人で出来る事、収入を取り込むこと、資本家同士の争いの投機をする事、以外は何も社会的な仕事は無いのだと。

生産は社会的に行われながら、生産物は資本家に私的に取得される故に起こる資本主義の矛盾。
ですから、この労働者の痛苦を取り除くには(実は居なくても社会的に構わない)資本家階級の持つ生産手段を、生産が社会的に行われているという事実に合わせ、生産手段を社会の管理に移すしかないのです。

ここからは僕の私見ですが、科学的社会主義を深く勉強した経験の無い人には上記の話を本当の意味で理解するのはかなりのハードルだと思います。
何故ならば今は資本主義の真っ只中にあり、日本人の全てがその中にドップリと浸かっているからです。

言うなれば「森の中に居て、森に起こっている問題を見出し、森の将来の理想的な姿を掴む」という感じでしょうか?
この事を本当に腹に落とし、自分の血肉とするには、やはり「空想から科学へ」でも多くの文量を割いている弁証法的唯物論を理解するしかありません。
そうでなければ、現状を見据え、発展的な未来を見出せないからです。

参考にフォイエルバッハ論という本の中のエンゲルスの言葉を紹介しておきます。
「世界は出来上がっている諸事物の複合体としてでは無く、諸過程の複合体として捉えられねばならず、そこには見かけの上で固定的な諸事物も、われわれの頭脳にあるそれら諸事物の思想上の映像、つまり概念におとらず、生成と消滅の絶え間ない変化の内にあり、この変化のうちで、見掛けの上では偶然的なすべての物事にあっても、またあらゆる一時的な後退が生じても、結局は一つの前進的発展が貫かれているという偉大な根本思想・・・」
(余談ですが僕はこの言葉が大好きです)

この哲学を理解し社会や歴史を見れば先の「生産手段を資本家から社会の管理に移す事」への違和感はきっと霧散すると思います。

次回最終回
投稿者:堺泉北カープ会
posted by ツッキ− at 22:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月21日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft そのC

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

共産主義に興味の無い人でも知っているであろう名前。
「資本論」
このマルクスがその生涯を捧げても足りず、盟友のエンゲルスがマルクスの死後に引き継いで完成させたこの書物は正に歴史を変えた本でした。
ここから「空想から科学へ」では資本論をベースに最重要部分である、
資本主義における利益(剰余価値)がどこから出てくるのか?を解き明かす労働価値説と資本主義的取得のカラクリに踏み込んでいきます。

突然ですが、皆さんがもし家で自分でイスを作ったとしたらそのイスは誰の物でしょう?
もちろん皆さん自身の物になりますね?

では、家具工場に勤めている仕事の中でイスを作ったとしたらそのイスは誰の物でしょう?
当然、その家具工場のオーナー(資本家)の物になります。
同じイスを作るという労働を行っていながら、生産手段(工場)を持っているが故に後者の場合はイスは資本家の物となり商品として流通し利潤を生みます。

この取得を「資本主義的取得」と言います。
エンゲルスは「空想から科学へ」の中で資本主義的取得についてこう告発します。
「現代のすべての衝突がすでに萌芽として含まれているのである」
と。

多くの読み手はこう思う事でしょう。
「資本家は労働者に賃金を払ってるんだから、イスは資本家の物になっても当たり前なんじゃないの?」
確かに筋が通っているようですが、実はそうではありません。

実はこの賃金を払うという行為の中にこそ、資本主義のヒミツの暴露の深遠が潜んでいるのです。
闇は事の他暗い・・じっくりと踏み込んでみましょう。

賃金を払うという取引は
労働者が労働を売り、資本家がそれを買うという交換だと言い換える事が出来ます。

労働者の売る「労働」これに対して実際に払われる賃金の金額はどうやって決定されているのでしょうか?
労働者は労働し自分を消耗します。当然、疲労を回復し健康維持につとめ、エネルギーを取得し再生を行わなければ次なる自分の労働を売ることは不可能です。
すなわちこの再生に必要な金額が「労働力の価値」です。
そのうち人間は死ぬので、この「労働力の価値」には次の世代の労働者を育成する費用(子育ての費用)なども含まれます。
当然、特殊なスキルを要求される労働に関わる人間を育成するにはそれだけの価値の累積が要求されるので、そういった高いスキルを持つ人間の労働力の価値は高くなります。

ですが、資本家の利潤を生み出す為には、この「労働力の価値」プラスアルファを労働させなければ利潤は出てきません。
つまり
「労働力の価値」≠「(実際の)労働した分の価値」
だという事です。

マルクスの労働価値説による剰余価値の搾取の論理の中心がココにあります。

この結論に達するまでにマルクスは資本論の中で膨大な分量を費やし、単純な商品の交換から分析を行いこの結論を導き出しています。
決して、思いつきでは無く、勝手な断定では無い、科学的な結論なのです。
資本論の読解もブログにコツコツ書いてるので、よければカテゴリから読んでみてください。

僕はいつも思うのですが、マルクスやエンゲルスを中傷する人々は一度でも資本論やその他の文献を検討された事があるのでしょうか?
もし、読みもせずに共産主義への中傷を行っているとすれば悪いですが大変な不見識だと思うのです。
・・・余談でした。

まとめると自分を維持する労働力の価値以上に労働者は働き剰余価値を生み出しながら、労働者に支払われるのは自分を維持する労働力の価値のみであるという、搾取のシステム。
式で書くと・・・
(実際働いた)労働の価値=労働力の価値+剰余価値(←ここを搾取されている)

この搾取行為は賃労働というオブラートに隠されて、生産手段を持つが故に強固な力を持つ資本家階級の利益の源泉となっています。
至極簡単に書けば今の資本主義社会はこういった社会なのです。

話を僕達の日本に向ければ、労働力の価値ギリギリの生活すらも出来ない人々や、何とか生活できても長大な時間の労働を強制されるケースもあり、様々な形での搾取の強化が成されている事がわかります。

では苦しむ労働者階級はどうすれば良いのか?
いよいよ「空想から科学へ」も最後の段階に入ってきたのでした。

投稿者:堺泉北カープ会

つづく

posted by ツッキ− at 22:29| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft そのB

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

前回までで3人の空想的社会主義者の紹介をしました。
3人は時代を超えた卓見を持っていましたが、社会を変えていくには決定的に欠けていた物がありました。
それは・・
@資本主義が社会主義に発展する法則および、歴史的な条件を解明出来なかった事。
Aそして、その発展の主役が「誰」なのか?を解明出来なかった事の2点でした。
この2つこそが「空想」から「科学」に変わる要素だったのです。

さて、この命題を説明するには弁証法的唯物論の哲学について書かなければなりません。
何故ならばマルクスの打ちたてた科学的社会主義は突然湧き出した「思いつき」では無いからです。
先述の3人の空想的社会主義者やドイツの哲学、イギリスの経済学を発展的に引き継いだ物なのです。

ですから、空想から科学への文中でもエンゲルスは弁証法的唯物論の哲学の解説を詳細に行っています。

弁証法的唯物論については何度か書いているので今日は簡単に書きますが、
世の中を事実をもって科学的に見る「唯物論」
全ての事は発展を繰り返し高い段階へ至るという「弁証法」
この二つを組み合わせた哲学が「弁証法的唯物論」だという事です。

お分かりでしょうか?この弁証法的唯物論の物の見方を全ての事象に適合する事が出来れば「科学」的な社会分析が可能になります。

ですが、この唯物論的な物の見方という物は中々出来る物ではありません。
マルクスの生きた時代より遥かに科学の発達した現代ですら
「社会は変わらない」
なんて言う意見が世間で沢山聞かれる事からもそれは窺えます。
真実は社会とは一時的な揺り戻しはあれど発展的な変化の繰り返しでした。
100年くらいのスパンで見れば「変わっていない」という意見の方がナンセンスだという事が誰にでもわかります。

実はこういった考え方、この唯物論を歴史に適合する見方をしたのはマルクスが始めてでした。
これを「史的唯物論」と言います。
マルクスの天才的な要素の一つはココにあります。

今回の最初に書いた2つのテーマを思い出して下さい。
@資本主義が社会主義に発展する法則および、歴史的な条件を解明出来なかった事。
Aそして、その発展の主役が「誰」なのか?

歴史や社会を弁証法的唯物論でとらえたからこそ!
社会主義は空想から科学となりました。
次なる社会が!次なる人類の発展段階が!
正に「科学」的に見えたと言う事なのです。

史的唯物論を踏まえてエンゲルスは空想から科学へで読者にこう語りかけます。
「これまでのすべての歴史は原始状態を例外として、階級闘争の歴史であった」
「これらたがいに闘争する諸階級は、いつでもその時代の生産関係と交易関係、一口で言えば、経済的諸関係の産物である」
と・・・。

当然、資本主義の世の中である現代でも当てはまる話です。
ですからマルクスは資本主義による社会矛盾を解決する方法を見つける為に、資本主義の経済の仕組みの暴露を行う必要があったのでした。

つづく

投稿者:堺泉北カープ会










posted by ツッキ− at 21:54| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月07日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft そのA

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

先週サンシモンの話を書きましたので、エンゲルス著「空想から科学へ」という科学的社会主義の入門書の中で取り上げられている、残る二人の空想的社会主義者、オーエンとフーリエについても軽く書きたいと思います。

ロバート=オーエンは1772年生まれのイギリスの実業家です。
紡績工場で大成功をおさめ、2000人もの従業員を抱える資産家になりました。
その成功によりヨーロッパに高い名声を得ることができました。
彼は人道的な人で、多くの資本家と違い経営者として労働者の待遇を常に改善し大切にするという経営スタイルを取っていましたが、彼が普通で無かった点はそこに留まらなかった事でした。
何と彼は「搾取の無い社会を創る」事を提唱し、各国の政府にその事への支持を訴えました、そして彼の情熱は1825年に独力でそれを実行に移す所まで行きます。
その内容とは・・
私財を投じて、アメリカのある地方に村を建設し共産主義社会の実験を始めたのでした。
・・・。
3年で計画は破綻し失敗しました。
オーエンはその後も87歳で死ぬまでに労働時間の短縮や婦人児童労働の保護などの啓蒙活動に努めたとの事です。
エンゲルスは言います。
「イギリスのすべての労働運動はオーエンと結びついている」

フーリエは1772年生まれののフランス人です。
商人の家に生まれやがてリヨンに自分の商売を築きます。
自分の商人としての経験から資本主義の害悪に怒り、体験的な面からの告発者となっていきました。
フーリエについてエンゲルスはこう紹介しています。

“ある社会における婦人の解放度の度合いが全般的な解放の自然尺度であると述べたのは彼が初めてである”

“フーリエが最も偉大に見える点は社会の歴史についての彼の見解である。彼はこれまでの歴史の全経過を四つの発展段階に分けている。未開、野蛮、家父長制、文明・・・”

つまり弁証法を駆使しての歴史の分析が出来た人であったという事です。

昨夜から色々と書いてきたので非常に大まかに特徴をまとめると
サンシモン・・階級闘争や経済と政治の関係を示す
オーエン・・資本家による搾取の除去を目指す
フーリエ・・資本主義の害悪の現場からの告発および弁証法的な歴史の分析による社会分析

こんな短いまとめ方では3人はの業績を伝える事は到底無理なので、詳しく知りたい方は「空想から科学へ」を読んで、また補完する解説書を読んでみてください。

さて、
この三人の偉大な先駆者は現代では様々に実証されている事項を天才的に予見し示したのですが、結局は社会を変えるところまでは行きませんでした。
何故か?
実は決定的に欠けていた要素があったのです。
それは
@資本主義が社会主義に発展する法則および、歴史的な条件を解明出来なかった事。
Aそして、その発展の主役が「誰」なのか?を解明出来なかった事の2点です。

この2点こそが「空想」から「科学」へと変わるキーワードなのでした!

投稿者:堺泉北カープ会
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2008年01月31日

Die Entwicklung des Sozialismus von der Utopie zur Wissenschaft その@

「空想から科学へ」(エンゲルス著)

科学的社会主義の入門書として名高い、この本について今日は書きたいと思います。
現在日本共産党が選挙での支持を集めて、国会での議席数を増やし、社会の矛盾を取り除く活動及びそれに付帯する様々な運動や世界観を「科学的社会主義」というのですが、科学的社会主義はマルクスによって確立された考え方です。
この本はそれ以前の社会主義、「空想的社会主義」を書くことによって科学的社会主義を解説する事を目的としています。
しかし「空想」という言葉に惑わされる事なかれ!
ここに取り上げられた3人の空想的社会主義者
サン=シモン(Saint-Simon)
ロバート=オーエン(Robert Owen)
フーリエ(Fourier)
の3人は時代の限界を超えたと形容しても良い、天才的な視野の広さの持ち主でした。
一度に書くと長くなるので何回かに分けて紹介しますので、お楽しみに。

さて、まずはサンシモンから書きたいと思います。
サンシモンは一般的にはあまり知られていない思想家ではないでしょうか?
この人1760年に生まれ1825年に亡くなったのですが、その人生は非常に興味深いものです。
若き日にフランス貴族でありながらアメリカ独立戦争(1775年〜)に参加、その勝利の中でアメリカの独立宣言を聞いたことでしょう。
中でもこの部分・・

「すべての人間は平等につくられている.創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.これらの権利を確実なものとするために,人は政府という機関をもつ.その正当な権力は被統治者の同意に基づいている.いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには,それを改めまたは廃止し,新たな政府を設立し,人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え,その権力を組織することは,人民の権利である」

は、きっと彼のその後の人生に大きな影響を与えたに違いありません。

その後1789年フランス革命を経て、サンシモンが社会主義の思想を唱え始めたのは1802年42歳の時からです。
マルクスやエンゲルスが活躍する半世紀前に、すでに資本主義の害悪を察知し、その抑圧を取り除く方法としての社会主義を提唱し始めたのでした。
当時最も発展していたイギリスでも産業革命がまだ始まる前であり、こういった当時の状況を考えれば正に時代の制約を飛び越えた天才的な卓見だと思います。
「空想から科学へ」からサンシモンの卓見について紹介している部分を引用してみましょう。

“サンシモンが特に強調した事は次の事である「自分にとってどこでもいつでも第一に関心のある事は最も数が多くて最も貧しい階級の運命である”

“フランス革命を階級闘争として、しかも単に貴族と商工市民層との間だけでなく、貴族、商工市民層および無産者の間の階級闘争としてとらえた事は1802年においては極めて天才的発見であった”

“1816年に彼は政治を生産の科学であると説明し、政治が完全に経済に没入する事を予言”

“経済状態が政治制度の土台であるという認識”

などなど、繰り返しになりますが、時代を考えれば天才的な視野の広さだと僕は思います。
参考に日本に黒船がやって来たのが1853年です。
時代背景がイメージできれば、凄さがわかってきませんか?!

つづく

投稿者:堺泉北カープ会





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2008年01月17日

機動戦士ガンダムにおける弁証法

今日はいつもとちょっと違う側面から弁証法を語ってみたいと思います。
それは機動戦士ガンダム(ファーストね)の重要人物であるシャアとセイラの会話からです。

注:機動戦士ガンダムの細かい設定の分からん人は最初から想定して書かないつもりなので、あしからず。
名作なので未見の人は必ず見るべし!

物語の終盤、生き別れのシャア(キャスバル)とセイラ(アルテイシア)の兄妹が敵味方に分かれて戦い3度目の邂逅が訪れた時の会話です、
すでにガンダムのパイロットであるアムロ=レイのニュータイプとしての覚醒は始まっており、ホワイトベースの同僚として側で見つめるセイラの脳裏には、父であるジオン=ダイクンの語った人類の次の段階=ニュータイプの出現を、そして宇宙世紀を生きる人類の革新の到来を確信する物がありました。
数奇な運命から敵となって現われた最愛の兄に彼女は言い放ちます。

セイラ「けど、この戦争で・・・いえ、それは以前から人の革新は始まっていると思えるわ」
シャア「それがわかる人とわからぬ人がいるのだよ、だからオールドタイプは殲滅するのだ」
セイラ「でも・・オールドタイプがニュータイプを生む土壌になっているのよ」
セイラ「古きものすべてが悪しきものではないでしょ」
シャア「それは分かっている」
シャア「しかしなアルテイシア、体制に取り込まれたニュータイプが私の敵となっているのは面白く無い、それは私のザビ家打倒を阻むものとなる」
セイラ「アムロは(ニュータイプの未来の可能性を)わかっているわ」
シャア「アムロ・・」
*シャアはこの時点でガンダムのパイロットがアムロとは知らない、ただ少し前に中立地帯にて偶然に一度出会っていたのみであった。
アムロがガンダムのパイロットなのかと聞き返した上でシャアは言い放つ。
シャア「パイロットでは体制は崩せんよ」
後略

宇宙に人類が進出した時代の宇宙と地球の格差、そしてそれに端を発する独立戦争、そこに絡む愛憎劇を描いたのがガンダムであり、その主軸となるシャアとセイラの兄妹の会話。
二人の父は歴史に名を残す思想家であり、革命家でした。
やがて国家の名ともなる二人の父ジオンの思想を宿命的に、しかし影ながら受け継ぐ事になった二人。
ですが、兄であるキャスバルの取った行動は、父の謀殺に対する血生臭い仇討ちであり、妹はそれを受け入れる事は出来ません。
もっとその兄の立場に相応しく、大きな視野を持って欲しいと迫るのでしたが、それすら心に届く事は無かったのでした。
それどころか兄は、父の思想を歪め、ニュータイプとオールドタイプという新たな格差を脳内に生み出し行動原理にしようという兆候が見え隠れします、やがてこの思想は後の新たな戦争の火種となるのでした・・。

話がガンダム談義に偏りすぎました、弁証法に話を戻しましょう。
僕がこの会話の中に弁証法を感じた点は、
セイラの
「でも・・オールドタイプがニュータイプを生む土壌になっているのよ」
というセリフです。
地球という重力から離れた人類が、宇宙を新たな住家ととして革新してゆくというSF的な設定の中には、
作り手が意識したかどうかは知りませんが、「古いものの中に新しいものの胎動がある」という弁証法の哲学があります。

しかし、その新しい世紀の証たるべきニュータイプが、その洞察能力ゆえに戦争の道具となる人間の愚かさ、悲しみをガンダムは描き出すのでした。
人類がすべてニュータイプとなる所までガンダムの物語は語りません。

その先に何があるのか?
歴史が進む中できっと答えは見えてくるのではないでしょうか?

投稿者:堺泉北カープ会
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2008年01月10日

資本論講座

赤旗日刊紙のまんまる団地(四コママンガね)のずーっと下に載っていた「資本論講座」。
同じくずーっと僕の心に引っかかっていました。

実は僕は自分のブログで約一年前から資本論の独習をし書き残していっています。
不破さんの講義の本を参考書に資本論に正面から取り組んでいるのです。


一年も強い意志を持って継続していると学習は進み、現在は第13章「機械設備と大工業」というところまで進みました。第一部の3分の2くらいの地点です。

資本論に関しては僕には一つ悩みがあります。
それは・・・どうしようも無い孤独感です。
僕のまわりの誰も表立って表明して資本論には取り組んでおらず、それ故に学習の成果を交流する事が無いのです。
はっきり言ってめっちゃ孤独です。超寂しい・・。
これって同盟員の想いに堺泉北地区委員会として応えられて無いんじゃねーの??(笑)
・・・と私は言いたい!!

まあそれは置いておいて、そんな状況なので、独り故の読み違え・解釈間違いを防ぐ意味や、消化済みの内容を復習する為に、先述の講座に応募したのでした。
http://homepage3.nifty.com/roudou-gakkou/sihonron08.html

当然東京まで毎月通うなんて不可能なので、CDを送ってもらっての受講になりますが、楽しみにしております。
受講料36000円の値打ちがあるのか、今から楽しみです。

投稿者:堺泉北カープ会


posted by ツッキ− at 23:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

ブックマーク

なんだか、政府は埋蔵金の話にご執心のようですので、僕も埋蔵金を出したいと思います。
「しかもこの埋蔵金どもは過去の2倍の強さに強化されているのだ〜」
↑ウソ。

埋蔵金というのは僕が過去2年間でこのブログに書き溜めた様々な文章です。
僕なりに民青の活動をする中での日々の蓄積、そして難しい話にも踏み込んで書いた科学的社会主義の話、また多くの人と僕の貴重な経験を共有したいと思い書いてきた組織作りについてなど、
その「索引」的な記事に今日はしたいと思います。

まず科学的社会主義についてです。
☆海王星の話・フォイエルバッハ論に寄せて
☆Dialektischer Materialismus〜弁証法的唯物論〜
☆感性のままに書く科学的社会主義
その@
そのAそのB「閑話休題」そのCそのDそのE
☆何から勉強したら分からない人へ

次に組織作りや活動家について
☆自分らしく生きるという事
☆理想の活動家に求められる要素
☆理想の班会成功マニュアル
その@
そのAそのB最終回
☆自己肯定感持とうよ!

憲法や政治の話
☆憲法9条の深いところ
☆研究「創価学会=公明党」
その@
そのAそのB
☆日本が国連に加盟した時の話

またこれらについての質問などある方はいつでも会った時に相談してください。
客観的に見て、今の堺泉北で僕が一番班会の回数を経験しています、その経験を後輩達に盗んで欲しいのです。

投稿者:堺泉北カープ会



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2007年12月13日

ソビエト連邦と日本共産党の関係そのA

ソ連の崩壊が共産主義の終焉ではなく、スターリン以後の指導部により作られた官僚主義、覇権主義の破滅であったという事を先週書きました。

では今夜はその覇権主義により日本共産党がどれだけの迷惑をこうむったかを書きたいと思います。題して
「ソ連による日本共産党への干渉」

戦後社会はアメリカとソ連の対立が長く続きました。その中でソ連は簡単に書くと「ソ連こそが元祖共産主義であり、他の国の共産党も我々のいう事を聞いていればいいのだ」という態度を取り続けました。
そして東欧の国を中心にその流れの中に多くの国の共産党がありました。

しかし日本共産党は自主独立の立場に立つ政党です。ソ連の意見に従わない事も多々あり、
1960年代以降、ソ連は日本共産党の内部に分派をつくり、日本共産党を転覆させようとする干渉に出てきました。
当時はソ連こそが共産主義の宗家であり、他の国の共産党は分家みたいな空気があったので、それはそれは重大な影響があったのです。
(漫画みたいな話ですが事実です、はっきり言ってメチャクチャやと思います)
その後、
1976年に日ソの共産党の首脳会談があり、ソ連が干渉を反省し認め謝罪したのですが、その会談2日後にアフガニスタンにソ連は侵攻し、平和を訴える日本共産党を酷く裏切りました。
共産主義、社会主義の理念など無い、自国中心の覇権主義国家であったという事がここでも現れていると思います。

ですからその後ソ連が崩壊した時に、日本共産党が喜びのコメントを発表した事は世間一般の人には不思議だったでしょうが、長年の共産党の活動家にしてみれば至極当たり前の感情だったのでした。

散々迷惑を掛けられた上に、「ソ連と言えば何か暗いイメージ、それがイコール共産主義の暗いイメージに繋がる・・」
こういう負の財産を言われなくおわされた日本共産党・・。

ここまで読んで貰えたら、「ソ連と日本共産党が同じ」という誤解は持たれていないと思うのです。

そして現在の社会はソ連の崩壊後新たな進展を見せています。
対ソ連の陣営の必然性がなくなったことによる
EUの形成
また最近ではアセアンの進展も無視できません、近い将来EUと同じような共同体を形成するでしょう。

僕達の日本がそのときになってどのよううな国際関係を築いているのか?
アメリカ一極では話にならないと皆さんも思いませんか?

投稿者:堺泉北カープ会
posted by ツッキ− at 23:07| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

ソビエト連邦と日本共産党の関係その@

ソビエト連邦と日本共産党の関係を書きたいと思います。
ソ連と日本の共産党が同じ考えをしていると思われている方がどうも多く、それ故に共産党に悪いイメージを持っている方がおられます。誤解の酷い人は北朝鮮と日本共産党が同じと思っている方もおられました。

いくつかポイントがあるテーマなので順を追って書いていきます。
最初は
「ソ連の掲げた共産主義及びその実態と日本共産党の掲げる共産主義と目指す社会の違いです」

*注:ここでの共産主義と社会主義は同じ意味です。僕は共産主義という言葉の方が好きなのでこちらを使っています。

結論から書くと、
日本共産党の目指す共産主義社会とは現在の地球上及び歴史の中に、お手本に出来る様な国家は残念な事にまだ実現していません。
当然ソ連や中国、キューバ、もちろん北朝鮮も日本共産党との上下の関係は一切ありません。
つまり日本共産党は日本の政治経済の中で歴史を切り開く過程にあるという事です。

更に日本共産党は現在を共産主義に行く前の「資本主義の矛盾を取り除く」そういう段階にあると考えています。
またその手段は選挙で指示を得て、国民の合意の元に進めるという立場を原則にしています。
これを「多数者革命」と言います。
選挙や国民投票により多くの国民が共産主義を望んだ時に一歩ずつ進めていくという考えです。

ではソ連は一体何だったのよ?
という疑問が当然湧いてくると思います。

日本共産党綱領(マニフェストと思って下さい)にはソ連に関する文章がこう書かれています。少し長い引用になりますが、非常によく纏まっていますのでまとめて貼り付けます。

「最初に社会主義への道に踏み出したソ連では、レーニンが指導した最初の段階においては、おくれた社会経済状態からの出発という制約にもかかわらず、また、少なくない試行錯誤をともないながら、真剣に社会主義をめざす一連の積極的努力が記録された。しかし、レーニン死後、スターリンをはじめとする歴代指導部は、社会主義の原則を投げ捨てて、対外的には、他民族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由と民主主義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義の道を進んだ。「社会主義」の看板を掲げておこなわれただけに、これらの誤りが世界の平和と社会進歩の運動に与えた否定的影響は、とりわけ重大であった

日本共産党は、科学的社会主義を擁護する自主独立の党として、日本の平和と社会進歩の運動にたいするソ連覇権主義の干渉にたいしても、チェコスロバキアやアフガニスタンにたいするソ連の武力侵略にたいしても、断固としてたたかいぬいた。

ソ連とそれに従属してきた東ヨーロッパ諸国で一九八九〜九一年に起こった支配体制の崩壊は、社会主義の失敗ではなく、社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義の破産であった。これらの国ぐにでは、革命の出発点においては、社会主義をめざすという目標が掲げられたが、指導部が誤った道を進んだ結果、社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会として、その解体を迎えた。

ソ連覇権主義という歴史的な巨悪の崩壊は、大局的な視野で見れば、世界の革命運動の健全な発展への新しい可能性を開く意義をもった」

〜引用終わり〜

ロシア革命以後の初期のソ連を試行錯誤を伴いながら主導したレーニンと、その後のスターリンらソ連歴代主導部とでは全く違うという事です。

元々ロシアは貧しい農業国であり、その中でレーニンは革命後試行錯誤を繰り返し、市場経済を導入しつつ、経済を国家の管理の下に運営しようとする政治を目指しましたが、志なかばで亡くなりました。
その後権力を掌握したスターリンが行った事は共産主義では無く、ただの覇権主義、官僚主義であったという事です。

共産主義思想の原点でもある、マルクス、エンゲルスがあの世から見ていたらどんなに悲しんだ事でしょう。

マルクス、エンゲルスは資本主義の矛盾が労働者を追い詰め続け、やがてその矛盾が蓄積されて革命が起こると語りました。
その理念を投げ捨てて官僚主義に走り、他国や市民を圧迫するとは・・。

事実その官僚主義・覇権主義の圧力は海を越えて日本共産党にも襲い掛かってきたのでした。

来週につづく

投稿者:堺泉北カープ会
posted by ツッキ− at 23:02| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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