2008年05月21日

ちょっとダケ 第二話

さぁ、プロ野球は交流戦が始まりましたね。僕の愛する広島は負けましたが・・・

さて、本題に入ります。何度か、話をした事があるので二回目の方スミマセン。

「徒然草」って知ってますか?まぁ、簡単に言えば昔の書物です。
その中の一文に面白いのがあります。(筆者が面白いと思うだけでそう思わない人はゴメンね)「春が暮れて、それから夏になるのでなく、夏がおわって、それから秋になるのではない。春のさなかから夏のけはいがはじまり、夏のうちにすでに秋はかよっている。・・・・・木の葉が落ちるのも、葉がまず落ちて、それから新芽がでてくるのではない。下からもえでてつきあげるのに耐えられず落ちるのである。」(第155段)面白いと思いませんか??これは、現実の生きた姿が生き生きと捉えられていると思いませんか?すなわち、現実は絶え間無い変化・発展の過程にあり滅び行くモノと成長してゆくモノとが常にそこに交錯している。という事です。現実は一枚の板切れのようなものでなく滅び行く古い現実と伸びゆく新しい現実が合わさっているのです。先程の枯れて行く葉と伸び行く新芽のように・・・「現実的」「現実、現実」「現実的に行こう」など言いますが現実を形作っている二種類の現実に対しどういう見方をし、どういう態度をとるかによって、まったく違った幾通りかの現実に対する見方、態度がまったく違った幾通りかの「現実主義」が出てくるって事になりますね。ちなみに、古い現実が大きく、力を持っているとき新しい現実は最初は目に付かないような小さなものです。枝から伸びる小さな小さな新芽の如く・・・

日本の新しい芽はまだ大きな葉の下に隠れてるかもしれませんね。新芽の上に今だ居座る大きな古い葉を押しのけ新たな生き生きとした現実の葉を出しましょう・・・。

新境地開拓の為に間違っている点があるかもしれません、その時は指摘下さい。

(プロレタリアアーティスト)



posted by ツッキ− at 00:10| 大阪 ☀| Comment(12) | TrackBack(2) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>新芽の上に今だ居座る大きな古い葉を押しのけ新たな生き生きとした現実の葉を出しましょう・・・。

堺泉北カープ会のブログでは、お世話になっています。
このエントリーへ、一つの感想を述べさせていただきたい思います。
「古い葉」の否定である「新芽」が、再び否定され、「新たな古い葉」になったとしても、「古い葉」の再現ではあっても、「まったく新しい葉」が生み出される事態になるとはかぎりません。
自然的存在である「新芽」の弁証法を、そのまま社会的存在の「青年」に当てはめることには、すこし無理があるのではないかと思いました。したがって、そのまま当てはめないで、その独自性が考慮されなくてはならないのではないでしょうか?しかし、実際にはプロレタリアアーティストさんは、考慮されていると思われますので、間違ってはいないでしょう。
Posted by mico_tenar at 2008年05月21日 21:41
コメントありがとうございます。そうですね指摘の通り少し無理がありましたね。僕は「ゼロからの出発は無い」と考えています。新芽は古い葉を見て古い物と同じ失敗をせぬように育ち次の新しい新芽も古い新芽を見てより高度な所からスタートすると考えています。次回からはもう少し考え書かせてもらいます。
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月21日 22:59
興味深いので横槍で申し訳ないですが自説を述べます。

古い葉は落葉し、大地に養分として吸収され根を通して木そのものの成長の活力になります。
この点を考慮すれば大地を媒介としての連関が出来ます。
そして重要なのは葉を生み出す木そのものが養分を糧に生長しており、新しい葉は太陽光をより多く吸収する為により高い位置での葉、また枝の増加により量的にも多くの葉が生み出されているはずです。
また「古い葉」「新しい葉」と一くくりでここでは語られましたが、厳密に見れば一枚一枚形や重さは違うはずで、同じ葉の再生とは僕は思わないのです。

目線を青年に移せば、
木=民青堺泉北という組織
古い葉=すでに民青を卒業した僕
新しい葉=プロレタリアアーティスト君
と言い換える事が出来ると思う次第です。

ちょっと強引かな・・?(笑)
哲学って面白いですね。




Posted by 堺泉北カープ会 at 2008年05月21日 23:50
コメントありがとうございます。そうですね。一枚一枚、姿、形、違うのが普通ですね。そのことは重々承知しています。

青年が寄り添いあう大きな樹の民青、姿、形、声も仕事も持ち場が違う人が集まり励まし合い成り立つ樹、この樹を枯らさぬようにがんばりたいです。

僕もいずれ土に食べられ樹の養分になる身です、それまでに沢山の栄養を吸収したいです。(またしても強引になってしまいました…)

哲学は面白いです!!難しいと思わず他の人にも挑戦してもらいたいです。

でも、無理にとは、いいません。でも、おもしろいです!!「私には、難しい」なんて言わないで是非チャレンジしてください。
最初は誰でも難しいと思うものです。特に、僕(19)より年上の方で挑戦していない方は挑戦してほしいです。きっと面白くなってきます。

だって、僕でも面白いと思えるんですから。
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月22日 13:17
>新しい葉は太陽光をより多く吸収する為により高い位置での葉、また枝の増加により量的にも多くの葉が生み出されているはずです。

ゆえにプロレタリアアーティストさんは、民青堺泉北という組織における新境地開拓者なのですね…。なるほど!
Posted by mico_tenar at 2008年05月22日 13:48
度重なるコメントありがとうございます。

僕自身、哲学分野に最近興味を持ち学び出しました。
そして、このブログに哲学関係を書き始めたのがごく最近なので新境地開拓と表現しました。枝を伸ばし更に大きな民青堺泉北にしたいと思っています。その為にも今後も、プロレタリアアーティストをはじめとする民青堺泉北ブログ投稿者にご指摘、ご指導そして今回の様なコメントを願います。目に見えないよなゆっくりとした成長ですがこれからも、ぜひ堺泉北を見ていって下さい。
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月22日 17:54
ところで、プロレタリアアーティストさんは、自らのお父さん・お母さんに民青同盟に入っていることをお知らせしていますか?日本国憲法では、思想信条の自由が保障されてはいますが…。
Posted by mico_tenar at 2008年05月22日 19:11
言っています。どうしてでしょうか?

Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月22日 21:00
>どうしてでしょうか?

プロレタリアアーティストさんのコメントの中に、「僕(19)より年上の方で挑戦していない方は挑戦してほしい」という文章を見つけて、「私の19歳の頃は・・・」と考えて、無意識にお聞きしてしまいました。自分でも理由はよくわかりません。
私が19歳の頃は、兄がすでに民青に入っていて、いつも帰りが遅い状態で、私は兄の民青同盟の活動に対して、内容にかかわらず否定的でした。家庭より社会のことの方が優先されているという感じを受けていたからです。それに父母もあまり、よくは思っていなかったからです。母はとくに、世間での共産党に対するマイナスイメージの植え付けに影響されるタイプでしたから。だから、その年齢(19)で東京の各種学校に行ったときには、同世代の人たちにいろいろたずねてみたりもしたのです。つまり、そこで返ってきた答えや反響などから学ぶなかで、やっと私の民青同盟に対する考え方をしだいに変えていくことができたのです。
@岩手県の青年・・・父親が共産党の応援をしていて、家族的には損をしているA佐賀県の青年・・・『葉隠』の読書をすすめられるB静岡県の青年・・・共産党の活動家である父親を在学中、交通事故で失う。マルクスの矛盾論は、誤っているとしきりに言うC岐阜県の青年・・・お前の兄貴は、民青だろ、人がいいだろと、民青は「人がいい人だけの集まりだ」という・・・
結局、親と子の民青や共産党にたいする評価は、一致することも一致しないこともあるのが普通なのですが、上記の例のように、親が活動すると子が反対し、子が活動すると親が反対するという偏見から、こんな質問になってしまったのではないかと思っています。
Posted by mico_tenar at 2008年05月23日 14:44
そうですか。親に反対されても活動するのは個人の自由ですし。子に反対されても活動に参加するのは個人の自由だと思います。しかし、反対された時は一度、家族でしっかり話し合う必要があると思います。しっかりと話し合う事で理解される事もあると思います。「父親が共産党の応援をしていて、家族的には損をしている」とありましたが共産党や民青の活動を知ってもらえれば意見も変わると思います。世間では民青に対する偏見・誤解等も多々ありますがしっかりと話をし民青の活動内容を知ってもらっていきたいと思います。
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月23日 16:09
>反対された時は一度、家族でしっかり話し合う必要があると思います。しっかりと話し合う事で理解される事もあると思います。

私の昔話にお付き合いくださいまして、ありがとうございます。プロレタリアアーティストさんのおっしゃるとおりだと思います。
上記のように社会の変革を否定的にとらえていた岩手県の方は、その各種学校での先輩だったので、そこまでは話せませんでした。今思えば、残念です。
ちなみに、私の妻は親に内緒で民青に入っていたということですから、親にたいして賛成とも反対とも確認をとらず活動することも、個人の自由なのでしょうね。私の家族の場合は、まず祖母が反対していましたから、兄が祖母にわかってもらえるように、それから母の反対にたいしては、私がわかってもらえるように努力しました。さらに次は、弟にすすめるというように…。
Posted by mico_tenar at 2008年05月23日 18:07
昔話なんてとんでもないです。今回は貴重なお話ありがとうございました。
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年05月24日 00:24
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