2006年01月13日

感性のままに書く科学的社会主義そのA

前回の内容を踏まえて書きますので、その@を読んでいない人はそちらから読んで下さい。

一方、時の流れにより人間が自分一人で物を作っていた時代と異なり、資本主義の発達によって生産は社会全体と密接なものになっていきました。大きな工場、大きな設備は社会の一部であると言えるでしょう。(日本でも国策としてコンビナートなどを造成していきました)
そしてそこで働くプロレタリア(労働者)は人口の中の大部分を占める社会全体から言って無視できない存在となりました。つまり生産に係わる二つの要素、大工場及び労働力は現在社会的な物となっているのです。
しかしその一方で出来上がった商品はどうでしょうか、こしらえた労働者の物?社会全体の物?違いますよね・・。そうブルジョア(資本家)の物になるのです。実際に生産に係わる要素は社会的な存在なのに、出来上がった商品は生産手段を持っているブルジョアの手の中に納まる。これを「資本主義的取得」といいます。
「この矛盾の中に現代のすべての衝突が萌芽として含まれているのである」(エンゲルス)

ブルジョア(資本家)はプロレタリア(労働者)を働かせて剰余価値を搾取する。この事に歯止めはありません。資本主義の中では究極的に儲けを増大させる為には一層の労働力の搾取しか方法が無いからです。機械の導入や技術の進歩などが部分的には度々あるでしょうが、その度に競争は増し更なる搾取へとつながっていきます。しかしこの資本主義の宿命ともいえる行為こそが資本主義から社会主義へと人類が移行していくポイントがあるのです。

この文章をご覧の中には彼女と愛を語る間も無く会社で働く人もいるでしょう。一方的に給料を下げられて文句を言ったらクビにされた人もいるでしょう。それらは資本主義の枠内では最終的には解決出来ない事なのです。
「資本主義の終わりを告げる鐘が鳴る、収奪者が収奪される」(マルクス)
何故ならば
『万国のプロレタリアが団結するからや!!』

読んで下さってる方、燃えて来ました?
そのBに続くsoon

投稿者:堺泉北カープ会


posted by ツッキ− at 21:29| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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