2008年11月01日

科学的社会主義を考えるver.1

いまからはじめるこの続きものは「科学的社会主義を学ぶ」不破哲三著(新日本出版社)を引用や自身の感じることを考え、その時々によっては訂正し発展していくものです。一緒に学んで欲しいという観点から全部を引用するわけでわないのであしからず。でわ皆さん。不規則かつぐぅたらなスノーマンと少〜し足を踏みいれてみましょう。
長々となるのを避けるため←もうじゅうぶん長い感じが→目次にある項目ごとの編集で書かさせてもらいます。

今回は“まえがき”編

この中には、何回も講義をしてきましたが、その多くは、一冊の古典をとりあげて、それを学生と一緒に読んでゆくというものでした。このやり方には、一冊の古典を読みとおす機会になるという長所があるが、学説全体を学ぶという面では、その文献の性質・内容に制約されるという弱点も出てくるとしています。

いかに何回も学んだ・講義したとしても“できあがった固定的な体系”で見ないことが科学的社会主義にさわる第一一歩になっていると感じます。科学は日々発展しているのですから社会をとらえる目もそれと共に進んで行くことが重要ですね。

この続きものもそういう風に見れたら(゜_゜)おもしろくなります.
次回一、科学的社会主義とは――――――の1ページ(笑)
〜続く〜
posted by ツッキ− at 08:49| 大阪 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 科学的社会主義の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どこからどこが引用か分からない引用したことが分かるように書いたほうがいいですよ。それをすればこの記事は弁証法的に発展することになるでしょう。
Posted by 雪のサムライ at 2008年11月01日 23:21
科学的社会主義について書いていくのですから、「感じる」とか「そういう風に」などは使用しないようにしましょう。
それと、一人ツッコミは寒いですよ。
Posted by 雪の結晶 at 2008年11月03日 15:43
貴重なご意見ありがとうございます。よほどなことがない限りこんなことしょうと思わなかったのですが“科学的社会主義”難しいですね。そういう風な〜とか感じるとかあらゆる面で使い過ぎ、私自身もあらゆる面から流されていると指摘されたことがうれしいです。しかし、その場面ではこうだ…と押し付けがましいのでは?とか考えたり、何事も大きな視野から多角度的にという考えがこういう文面に仕上げてしまいました。『まえがき』はそれこそ全部を引用しないとその著者の意図やいつやったのか?など見えません。だとしたらここからのすべてを引用…それこそ固定的な動きしかなくなる。。感じるという事もそういう風に思うことも自由に解釈し、感じるべきです。そうして考えることが重要です。 不破哲三著の科学的社会主義を学ぶはもうすでに出ているのですからそれをごちゃごちゃ言うなと言われるならその手法は変えたいと思います。ちなみに“まえがき”はP3〜P4です。
Posted by at 2008年11月04日 23:39
引用時は

以下引用

引用終了

と書くといいよ
Posted by プロレタリアアーティスト at 2008年11月05日 23:20
>『まえがき』はそれこそ全部を引用しないとその著者の意図やいつやったのか?

この本は、いつ書かれたのですか?いつ出版されたのですか?コメントに書いている事と本文に書いてることが矛盾していますよ。(笑)

本を読んで書かれたことの引用と自分の考えを添えるだけでもいいと思いますよ。間違いがあれば周りから指摘されるでしょうし、それによってアウフヘーベンしていけばいいのですよ。
Posted by 雪のサムライ at 2008年11月05日 23:42
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